平成のマンション市場動向

平成の経済動向振り返り

 1989年に平成が始まり、その年に日経平均株価は史上最高値の38,915円の値をつけます。そして、加熱した不動産投機を抑える為、1990年に大蔵省は不動産投資の総量規制を決定、その1年後にバブル経済(平成バブル)はイトマン事件をきっかけに崩壊に向かいます。

 その後、金融ビッグバン(‘96)、アジア通貨危機、拓銀、山一証券破綻(‘97)を経て、リーマン・ショック(‘08)で日経平均価格は戦後最安値(6,994円)を記録しました。

 2012年から始まった、アベノミクスによりこれまでにない「異次元の金融緩和」が実行され日経平均株価は上昇を続け、2018年10月に1991年11月以来の最高値(24,245円)をつけます。

 その間、何度か新築マンションが大量に供給されるマンション・ブームがあったのですが、2008年に起こったリーマン・ショックの影響は大きくその時に多くのマンションデベロッパー会社が倒産しました。

首都圏の新築マンション平均価格の推移

 首都圏の新築マンションの価格は2017年にバブル期を超えたと言われております。それでは平成の30年間でどの様に価格が推移したのでしょうか。

 日経平均株価が史上最高値を更新した翌年の1990年に首都圏新築マンション平均価格は6,123万円となりました。その後の総量規制とバブル崩壊を受け、‘95年に4,148万円まで下がり、’97に4,373万円まで一旦上がりますが‘98年から’05年の8年間は4,100〜4,000万円台で安定した価格推移を見せます。

 そこから、リーマン・ショックが起きる‘08年までの3年間で海外からのオイルマネーの流入で不動産ミニバブルが起き’08年に4,775万円を付け、リーマン・ショックの翌年‘09年に4,535万円、東日本大震災の翌年’12年に4,540万円と底を見てそこから右肩上がりで令和の時代に入っても衰えずに昨年‘21年には6,260万円とバブル期を超えました。

何故、リーマンショックで日本のデベロッパーが倒産したのか?

 新築マンションを作る不動産会社をマンションデベロッパーと呼んでいるのですが、何故アメリカで起こった経済危機で日本のデベロッパーが倒産したのでしょうか?

 多くのデベロッパーは銀行から多額の融資を受けて土地を仕入れ、設計事務所に設計を依頼し、建設会社に工事を発注し、モデルルームを作ったりマンションチラシ等の多額の広告宣伝費を掛け、そこに自分達の利益を載せて販売するという事業モデルを取っております。

 自己資本の少ない新興デベロッパーの多くは、事業資金のほとんどを銀行融資から賄っており、土地の仕入れから販売完了まで2、3年の歳月を費やす為、売れ残りが出てしまったり完売時期が伸びてしまうと、金利負担額も大きく途端に資金繰りが悪化します。

 また、海外からのファンドマネーもこの頃から活発に市場に流れ込んでおりましたので、世界経済が悪化し投資マネーが引き揚げられてしまうと経営が立ち行かなくなってしまう不動産会社も出て来るのです。

 マンションもその時の経済環境により投機の対象となり、数年で1〜2割の価格が変わったり、場合によっては建設中にもかかわらず、事業主であるマンションデベロッパー自体が倒産してしまう事態も起こり得ます。

 マンションの購入や売却をお考えの方は是非、参考にして頂ければと思います。