中銀カプセルタワービル

中銀カプセルタワービルは今日から解体がスタート致します

 建築に興味がない方でも新橋界隈を歩いたときに一度は目にしたことはあるかと思うのですが、特徴的な外観が目を引く中銀カプセルタワービルが本日から解体されます。

 「読むスムスビ」の「まな板の上のマンション」は基本的には近隣のマンションをご紹介するコラムですが、今回は歴史的にも価値のある集合住宅が失われてしまう日ということもあり、本日はこちらの建物をご紹介させて頂きます。

 この建物を設計したのは黒川紀章という建築家で、過去には東京都知事選挙にも立候補したことがある世界的にも有名な建築家ですが、建築的な視点で解説すると1960年代にメタボリズムという建築思想を当時、若手建築家であった黒川紀章氏や菊竹清則氏らが日本から世界に向けて提唱し、その建築思想を具現化した形で出来たのが中銀カプセルタワービルでした。(ビルという名称ですが、区分所有の分譲マンションになります)

 現在でも、世界の現代日本建築界の評価としては日本から世界に向けて初めて提唱された建築思想のメタボリズムが、またその象徴として中銀カプセルタワービルが一番初めに紹介されており、私も大学教育の中でメタボリズムという単語を知りました。

メタボリズム思想とその行方

 メタボリズムという建築思想は、都市や建物を「固定化された機能の器(=機械)」として捉えるのではなく生物の様に「社会や人口の変化にあわせて有機的に成長する新陳代謝するもの」として捉え、それを可能とするシステムやアーキテクチャを提唱したものでした。

 実際、中銀カプセルタワービルも、あたかも生物の細胞(カプセル)のような外観の部屋のユニットを組み合わせることで構成されており、そのカプセルは25年周期で交換し、新陳代謝していける様に計画されておりました。(カプセルの大きさはトラックに載せて一般道路を使って運べる大きさで設計されていたと言われています)

 1972年に竣工した中銀カプセルタワービルですが、結局は一度もカプセルの交換は行われず、本日解体されることとなりました。

 ここからは私の勝手な想像ですが、恐らくは1972年と25年後の1997年では高度成長~バブル景気を経験し住宅に求める広さ(ユニットの大きさ)が大きく変わってしまった事と、区分所有の分譲マンションということでユニット交換に掛かるコストに対してのメリット(ベネフィット)が見いだせなかった事が、新陳代謝が行われなかった大きな原因だと想像できます。(あとはアスベスト問題や法改正の影響も大きいと思います)

 他にはメタボリズム運動の中心人物であった建築家 菊竹清則氏の自邸(スカイハウス)が増改築が行われている程度で、残念ながらメタボリズムの建築思想で作られた作品で新陳代謝が具現化した建築は無いと言っても良いかと思います。

リノベーションはメタボリズムとは違うのか

 今回の中銀カプセルタワービルの解体は昨日今日決まった話ではなく、15年以上前に解体して建て替える方針が住民の方々の総会決議で決まっており(その後紆余曲折あり今日に致します)その間保存運動も起こり、調べれば調べるほど区分所有のマンション(集合住宅)の経済的価値と文化的価値、建替え決議の問題、建物の寿命等、様々な側面で考えさせられます。

 恐らく、美術館や図書館などの公共の建物であれば残すことは可能だったのかもしれませんが、区分所有というステイクホルダーの多さに阻まれ、また、あまりにも前衛的な思想の元で設計された建物ということもあり、皮肉にもリフォームやリノベーションという名の新陳代謝を起こすことは出来ませんでした。(実際に、解体時に取り外されたカプセルは世界中の美術館に寄贈されたり、宿泊施設としてリノベーションされる予定の様です)

 メタボリズムという建築思想が流行った当時は、社会情勢的にもリノベーションという考えは無かったとは思いますが、今改めてメタボリズムを再考してみると、リノベーションは部分的なメタボリズム(=新陳代謝)とも捉えることが出来、改めてメタボリズムの先見性に驚かされます。